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ご縁。

<パブリックコモン>− まちの中の共有地
「公」と「私」
パブリックコモンの学校で学んでいた時、講師としてご教授頂いた
影山さんが大阪の野江までお越し下さいました。
これからの、賃貸マンションやガレージの「在り方」を話させて頂きました。
 
東京、西国分寺のクルミドコーヒーは勿論。
 
僕からしたら、ものっすごく雲の上の方。
 
著書「ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~」にも感銘を受けた人間として,
こんなご縁を頂いていることに感謝ばかりです。
 
空間活用研究所
【クルミドコーヒー】
 
 
 
<パブリックコモン>− まちの中の共有地
 
それは、カフェだったり、公園だったり、 図書館だったり、食堂だったり、 寺や神社だったり。 ぼくらのやっているもので言えば、シェアハウスの まちに開いた共用部だってそう。 固定的な場所(Place)じゃなくたって、あるとき(Time)、 ある状況にかぎって(Occasion)出現するものだってあるかもしれない。 日々の暮らしのちょっと先にある、まちの中の「広場」を舞台として 関わることの可能性を考えてみる。 「私」と「あなた」が出会い感応し合い、ときに互いの可能性を引き出し合う場。 ぼくらがそんな「場」を 手放すようになってから、生活は不安に覆われ、政治には無関心になり、 経済は「ビジネス」と呼ばれるようになり、文化は鑑賞するものになり、社会は遠くに行ってしまった。 だから、カムバック! パブリックコモン! 「公」と「私」の間にあるはずの「共」。その取り戻し方、ご一緒に考えてみませんか?
 
-引用-
株式会社エヌキューテンゴ様
パブリックコモンの学校HPより

希望感

先日、京都のDEEPな建物や場所へ巡る、ある不動産屋さんの主催する物件巡りツアーへ。

途中で抜けてしまって、残念だったけど本当に有益な時間だった。

案内して頂いた色んな場所は、

決して誂えが綺麗でお洒落な建物では無かったかもだけど。

根から生えるような。生命みたいなモノが、その空間にあって、

細胞というか神経みたいなものが建物を通っている様な。

意図的に作ろうと思っても作れない、「生」を感じて鳥肌が立った。

 

色んな意見も聞いた。

綺麗にした方が良いとか。

こうすれば自分の考える誰かにウケてもらえるとか。

その建物を所有するオーナーが、

今の建物の在り方に興味が無い為に

今後、存続出来るかどうかわからない状況とか。

 

僕も日々、そんな事を考えながら賃貸マンションの大家をしているし

いつまで築30年建っている、物件の大家としてやっていけるのかも考える。

でも、

そんな次元じゃなくて肌で感じてしまった。

見た目を綺麗にして、

機能性を追求して、リノベーションをして。

 

これからの建物の活用には不可欠やと思う。

だけど、

如何にその「場」に注目を集めるか。

ファンを創っていくか。

人と違う事をしたら勝ち。

みたいな。

そこばかりを自分自身が一番見すぎていたんじゃないかと考えさせて頂いた。

 

だからこそ、僕の最も信頼している不動産屋さんが言っていた。

「これからの物件の在り方」

大きすぎる話やけど、想いを抱く事で。

その想いがジワジワ町へ伸びていく様な。

その空間。その場に。

どれだけの想いが折り重なるか。

そこにどれだけの想いがあるか。

これに尽きると思う。

 

「希望感」

 

という言葉を最近、その人のお陰で日々呟く様になった。

いつか、それを感じたいと思っていたけど

今なら嘘なしに言えると思う。

自分次第で「希望感」を感じれるって。

もっと。もっと。

これからの建物、空間の在り方を研究していこう。

そうしよう。

 

空間活用研究所